あべるの海外放浪記
「世界半周観測の旅編;アメリカ-イギリス-イスラエル-ポルトガル-アメリカ」
1999 Leonid MAC
Multi-Instrument Aircraft Campaign

November 8 - 23, 1999

Photo Gallery taken by Photographic Camera
Photo Gallery taken by Digital Camera


「1999年・しし座流星群・国際航空機観測ミッション」
Encounter with 1999 Leonid Meteor Storm!

~ // ミレニアムシャワー Millennium Shower //~
地中海上空で流星雨とランデブー


The Leonid Multi-Instrument Aircraft Campaign (Leonid MAC) is a NASA and USAF sponsored interagency and international effort to study a rare natural phenomenon, a meteor storm, for clues to the composition of meteoroids, cometary debris, and the emission processes. On the night of November 18, 1999, two aircrafts took off on a mission to rendezvous with the biggest meteor storm since the 19th century. Over the Mediterranean Sea, these aircrafts encounter with the Leonid Meteor Storm, thousands of meteors per hour. From 12 km up, flying about 150 km apart, with over twenty instruments pointing out the Leonids, capturing images and making stereoscopic observations. Through meteors observation, physical and chemical properties of cometary meteoroids can be studied indirectly from the details of their interaction with the Earth's atmosphere. For the road to knowledge of the comets, early solar system and life lead through the meteors.

  1. 【Leonid MACとは?】

    Image courtesy of NASA-ARC.

    しし座流星群国際航空機観測ミッション,通称 「Leonid MAC(Multi-Instrument Aircraft Campaign)」は,1997年に宇宙生物学研究所研究所(SETI)のピー ター・イェニスキンズ博士(Dr. Peter Jenniskens)が提唱した,1998~99年の 2年連続の国際流星観測プロジェクトである.その目的は,毎年しし群極大が 予測される地域の雲の上へ,世界中の研究者と最新の計測機器を運び,計数観 測,複数の波長域での分光,サイズ分布測定,立体観測による軌道決定,光度 変化,大気光観測など,様々な角度から流星群を総合的に観測することである. 主催したNASA宇宙生物研究所では,「地球大気を巨大なダスト検出器」に見た てた「百万ドル未満の彗星探査ミッション」と位置付けている.98年は日本の 沖縄上空,99年には中東~ヨーロッパ~大西洋上空にて,主に米国空軍の観測 機をチャーターして実施された.流星の同時立体観測を行なうために,二機の 航空機が平行飛行するといった異例の観測飛行が行なわれたのである.


    Center; Dr. Peter Jenniskens(The SETI Institute NASA-ARC), Principal Investigator of the Leonid MAC.
    Left; Dr. Hajime Yano(Planetary Science Division ISAS), Principal Investigator of Japanese Team.
    Right; Dr. Avell(NAOJ)
  2. 【なぜこのミッション「Leonid MAC」に参加したか?】

    「Leonid MAC」は単に,日本の研究者達に33年に一度の華麗な天体ショー鑑賞 用のファーストクラスシートを提供するためのミッションではない.参加する 科学者はそれぞれの専門分野の観測を分担して,同乗する世界中からの研究者 と協力しながら流星群の全貌に迫るのである.天体観測というより,惑星探査 機による "その場計測" のイメージに近い.98年は,「ダストのサイズ分布を 詳細に計測するための装置」として,NHKが開発した超高感度ハイビジョンカ メラ(主研究者:矢野創・NASAジョンソン宇宙センター(当時),現宇宙科学 研究所)を,「テンペル・タットル彗星のダストチューブの散乱光を世界で初 めて検出するための装置」として,冷却CCD(主研究者:中村良介・神戸大学) が搭載された.99年には再びハイビジョンカメラ(同上)と「流星物質の成分 や永続痕が発光するメカニズムを解明するための可視・近紫外分光装置」とし てハイビジョンとイメージ・インテンシファイヤー用に2台の分光器(グリズ ム,グレーティング)(主研究者:阿部新助・総合研究大学院大学/国立天文 台)が搭載された.NHK超高感度ハイビジョンカメラは,視野を狭めること なく30分の1秒のビデオレートで10等級もの暗さの恒星を撮像できる.その科 学目的は,通常の眼視・ビデオ観測よりもはるかに暗い微光流星の計数観測や 立体観測を行い,微小な彗星塵の分布と軌道進化の解明や,人工衛星への衝突 危険性の見積もりを行うことであった.以下では,1999年に7カ国からの科学 者,アマチュア,軍関係者,報道陣,延べ78人が共同生活をしながら,流れ星 を追い求める「8日間世界半周の旅」に出航した阿部・矢野両者の「観測飛行 日誌」をご紹介する.

    ※ 世界4ヶ国の移動のため,表記する時刻を全て世界時に統一している.

  3. 【11月8日-13日:エドワーズ入りから試験飛行まで】

    Image courtesy of USAF and NASA-ARC.

    1998年11月8日,満載の観測機材を従えて,我々は米国カリフォルニア州のモ ハベ砂漠にあるエドワーズ空軍基地に入った.世界最長の滑走路を持つこの基 地は,テストパイロット養成学校やスペースシャトルの緊急着陸地として有名 だが,航空機を使ってあらゆる科学観測を支援する米国有数の技術者集団とい うもう一つの顔を持つ.Leonid MACも第1回以来,この基地の第452飛行中隊に 属するFISTA(フィスタ)機を使用しており,99年にはARIA(アリア)機もチャー ターした.基地に着くやいなや,観測機材の積み込みと動作確認,校正用画面 の撮像,電源や通信の確保,観測窓の曇りを防止する温風器の設置,室内の迷 光を遮断する暗幕の設置,飛行中の非常事態に備えたレクチャーなど,様々な 準備で慌ただしく時は過ぎた.

  4. 【11月14日:試験飛行(米国 → 英国ミルデンホール基地)】

    Image courtesy of NASA-ARC and Sky Watcher.

    矢野はFISTA機に,阿部はARIA機にそれぞれ分乗し,各機でのそれぞれの任務 を遂行する事になった.準備に時間と努力を費やした最大の課題は,約150km 離れて上空12kmを時速500~600kmで飛行する2機のジェット機の上から,いか に2台のハイビジョンカメラの視野を常に交差させ,流星の同時観測を成功さ せるかであった.エドワーズ基地からまず燃料補給地・米国東海岸,ニュージャー ジー州のマグワイヤ基地へ移動し,世界標準時14日3時過ぎに同基地を離陸, イギリスへ向かう大西洋上の夜間試験飛行で,我々は考案した立体観測の方法 を初めて試みた.まずパイロットにお願いして,常に同じ高度を同じ速度で, 両機の距離を一定に保ちながら並行飛行してもらった.航海士には,GPS情報 を使った最新のソフトウェアを搭載したパソコン上で,常に相手の位置が確認 できるようにアレンジしてもらった.さらに飛行経路の位置情報を予め教えて もらい,ステラ・ナビゲーターで刻々と変る飛行中のハイビジョンの視野の星 空を模擬したファイルを作成しておく.通信士には,立体観測時には我々日本 人観測者の間にUHFバンドのホットラインを確保してもらい,リアルタイムで お互いの視野の確認や同時流星の有無を確認できるようにしてもらった.その 結果,試験飛行の段階で "しし群流星" を含む同時流星の観測に成功した.分 光や最微光観測の試験も上首尾だった.すでに昼夜逆転の生活リズムに身体を 合わせていたが,離陸10分後から着陸30分前まで,休みなく続ける夜間観測は 決して楽ではない.しかし,試験観測の成功は我々に大きな自信を与えてくれ た.大西洋上では,我々の船出を祝うかのようなオーロラが北の空で厳粛に見 送ってくれていた.着陸後,早朝の曇り空の英国で交わした我々の硬い握手に は,試験観測の成功の喜びと,これから始まる壮大なミッションへの大きな期 待が込められていたのである.

  5. 【11月16日:観測初日(英国 → イスラエル・ベングリオン空港)】

    航空機の整備と燃料補給のため,英国には2日間滞在した.これから始まる苛 酷な3夜連続の観測を前に,我々は,歴史漂う風光明媚な紅葉のケンブリッジ の町並みで,静かな一時を過ごしていた.いよいよ,極大を挟んだ3晩連続の 本番観測が始まる.16日22時前,二機の航空機は英国のぶ厚い秋雲を突き破り 満天の星空のもとへ飛び出した.スペイン上空まで南下した後,地中海上空で 進路を東にとり,一路,イスラエルへ向かった.

    << ARIA航空機の様子 >>


    Image courtesy of NHK, Yano, and Nakanishi(Tenmon guide, Sebundo Shinkosya Co. Ltd. (All rights reserved.)
    阿部が搭乗したARIAには,ピーター・イェニスキンズ博士と,その手下のアマ チュア観測家達,NASA-TV,BBCや Sky&Telescope の記者,NHKなどの報道関係 者が大半を占め,我々科学者の方がむしろ少なかった.巨大なレーダー,指令 室やTVスタジオを持つARIAは,衛星回線を使ったインターネット生中継など, 世界中の人工衛星運用者や天文ファンにリアルタイム情報を提供していた. ARIAの両側面に設けられた4台の超高感度カメラの映像は,6人のアマチュア達 のゴーグル内側のヘッドマウント・ディスプレイ(アイグラス)に映し出され る.まるでロボコップのようなアイグラス部隊は,リアルタイムで流星計数観 測を行っており,マウスの左右クリックで "しし群流星" と "散在流星" を判 別し,全てのデータはコンピュータで自動集計されるという画期的なシステム を駆使していた.ARIAの阿部は,FISTAとの同時観測の協定方向を決めるべく, 航海士から両機の距離を聞きながら,矢野から伝わるFISTAのカメラの位置を 考慮してARIAのハイビジョンカメラの向きを計算して,NHK技術の城武氏との 共同作業でカメラのポインティングを行なう.同時観測が始まると,流星が流 れる度に「meteor, meteor, meteor! (メテオー,メテオー,メテオー!)」 と阿部がヘッドフォンで叫ぶ,すると航海士達がその瞬間の時刻と航空機の位 置を記録するといった連携プレーが繰り広げられた.同時観測時には,f58mm (標準)レンズを使い,それ以外の時間帯では,f28mm(広角:番組用), f135mm(中望遠:研究用)レンズを交互に使用し観測を行なっている.更に, 阿部は,持参したイメージ・インテンシファイヤー+グリズムでのビデオ分光 観測を平行して行なっており,機内狭しと東奔西走していた.

    << FISTA航空機の様子 >>


    Image courtesy of NHK, Yano, and Nakanishi(Tenmon guide, Sebundo Shinkosya Co. Ltd. (All rights reserved.)
    一方,FISTAの矢野は,科学者と軍関係者しか搭乗していない機内で,観測に 集中することができた.矢野がハイビジョンモニターを通して流星の報告を行 ない,同乗のNHK技術の今井氏が記録を取るといったスタンスである.しかし, 機内は狭いのに旅客機と違い,様々な装置が剥き出しであるので,1m離れただ けで隣の人の言葉が聞こえないほど騒音が大きい.従って会話は全てマイクを 通して,ケーブルに繋がれた機内回線をヘッドフォンから聞くことになる.0 時を回る頃には "おうし座流星群" が活発に出ており,ハイビジョンを使った 分光観測にも成功した.1時台になるとすでにしし群の微光流星がかなり出て いた.しかし前年のように予測された極大から先んじた火球のピークは,微塵 も見られなかった.その後,立体観測と分光観測も "しし群流星" で成功を治 めた.FISTAに搭載されたハイビジョンカメラは青側(390ナノメートル付近) に感度のピークがあり,通常の可視分光よりも紫外領域を調べることができる. しし群は秒速70kmもの高速度のために,青白くこの波長で明るく光るため,有 効な観測が期待できた.
  6. 【11月17日:観測二日目(イスラエル → 大西洋上ポルトガル領アゾレス島)】

    早朝の人影まばらなテルアビブ・ベングリオン空港に到着した一行は,テロ襲 撃を避けるために機内でフライトスーツを脱ぎ,観光客を装い入国手続きを行 なった.一時間ほどバスに揺られてホテルに着くと,そこには前日の英国と打っ て変わり雲一つない真っ青な地中海と長く連なる白い砂浜に,常夏の太陽が降 り注いでいた.朝食を採った後,我々は徹夜明けの疲れも忘れて,遠浅の浜辺 をしばし散策した.「もしも今晩流星雨が降るのなら,狭くて暗くて常に誰か に足を踏まれながら観測に追われる機内ではなく,こんな海岸に寝転がって波 の音をBGMに眺めてみたいものだ」,そんな気持ちが一瞬心をよぎった.夕方 まで仮眠を取り,一同で晩年のピカソが愛したというレストランで夕食を採り, 再び空港に戻った.23時過ぎ,我々はイスラエルを後にした.果して,「流星 嵐」と出会えるのか!? 皆,期待と不安の面持ちであった.離陸後の一時間は イスラエル地上レーダー観測チームとの同時観測を行うため上空を周回し,そ の後,一路地中海上を西に向かって飛行した.ジブラルタル海峡を超えて大西 洋上の小島・アゾレス島まで一気に7時間以上飛行するコースを選んだのは, 西へ西へ飛び,少しでも日の出を遅らせて観測時間を延ばすためであった.


    Image courtesy of NHK.

    << ARIA航空機の様子 >>

    ARIAの我々は,ハイビジョンカメラを通して,離陸後すぐに,輻射点が低いに も関わらず,その流星の異様な多さに気が付いた,「嵐の予感!」.1時過ぎか ら行なったFISTAとのハイビジョン同時観測では,f58mm,F1.2の標準レンズの 視野(32.7度×18.3度)でさえも数え切れない.「meteor, meteor, meteor! (メテオー,メテオー,メテオー!)」の連発で,言ってる間に次々と暗い流 星が飛び交う.記録を取っているARIAの航海士もパニック状態.「明るい流星 しかコールしない!」と,急遽方針を変更したが,それでも追い付かない.1時 40分過ぎ,急激に流星数が増えてきたのを見計らい,ハイビジョンカメラのレ ンズを広角の f28mm,F/1.4 に交換した.1時50分,ハイビジョンに映し出され た映像には "流星の雨" が降っていた.すぐに自分の観測窓から外を眺めると, 「本当にこの光景が現実のものなのか!? 今,自分は夢想の中に居るのではな いか!?」."Meteor Shower","流星雨",いや,"Meteor Storm","流星嵐", まさに言葉通りの現実が目の前で起こっていた.夜空は流星の氾濫(はんらん), 絢爛華麗(けんらんかれい),どんな言葉でも言い表せそうもない光景が眼前 にあった.一瞬の青白い光芒が絶え間なく漆黒の夜空に刻まれる,まさに「流 星嵐」のまっただなかを,我々は突き進んでいた.機内は,狂気乱舞! ヘッド マウント・ディスプレイを見ながら流星計測するアマチュア観測家達の激しい マウスの連射クリック.クリックする反射神経が追い付かずに(記録されるの は反射神経の個人別データ),その後の計測が放棄されたほどだった.NHK超 高感度ハイビジョンカメラに映し出される流星は,もはや数えきれなかった. まばたき一つの一瞬で10個,1分で150個以上(1時間換算で1万個).流星が爆 発し機体に反射した光で辺りが昼間のように照らし出される.NHK技術の城武 氏は,超高感度カメラが強烈な光に壊れないか心配の連続であった.同乗の水 野記者,三浦カメラマンも歓喜の連続である.北の空には,数10分も残る永続 痕が同時に3つも見えている,想像を絶する光景だ.地中海上空12kmで「歴史 の証人」になった瞬間であった.観測窓からしばしば外を覗いていた阿部は, 地平線付近の雷光に気を止めていた.その時,一瞬空が光った.「スプライト だ!」,直観的にそう思った.自分の分光カメラを地平線へ向ける.「また光っ た!」,間違いないと確信した阿部は,FISTAの矢野に連絡を取る.「スプライ トらしきものが出現しています」.矢野もその現象の価値をすぐに理解し,2 時30分からの同時観測を先伸ばしにした.矢野の指示でARIAに同乗していたの ユタ州立大学の電離圏研究者マイク・テーラー博士を呼びこの現象の確認を求 めた.当初彼は,雷だと言っていたが,次の瞬間,二人の目の前で閃光が上がっ た.「It's a SPRITE!」 この情報をすぐにイェニスキンズ氏に伝える.彼は, 我々のカメラで収めたこの成果に奇声を上げ喜んだ.これまで雷は,雷雲と地 上あるいは雷雲内での放電現象だと考えられていたが,近年,雷雲の上,高度 50~100kmの電離圏での発光現象が見つかっている.しかし,その発生メカニ ズムは不明である.我々は,この流星嵐の1時間にスプライト,エルブスとよ ばれる電離圏の発光現象を14個も捕える事に成功したのである.強烈な低気圧 で地中海,ヨーロッパの大半は嵐模様,好運にもその雲上でこのような副産物 が得られたのであった.

    << FISTA航空機の様子 >>

    ARIAのf28mmレンズの画角よりもはるかに小さい視野(37.1度×20.8度)で,し かも天頂近くを向いていたFISTAのf50mm,F/1.0レンズのハイビジョンですら, ピーク時には一秒間に数個の流星が流れて,計測不能になることがあった.あ る時,視野の端に火球が生んだ永続痕が入ってきた.矢野は急遽固定していた カメラの架台を外し,マニュアルで移動しながら痕を視野に5分以上収めた. 機内回線で永続痕の発見を伝えると,他の観測者達もいっせいにその方向へ機 材を向ける.FISTAはなるべく長く視野に痕を収めようと急ターンを行い,身 体は大きな重力を受ける.しかし一秒も痕を逃すものかと足を踏ん張り,筋肉 の張った腕でカメラを持ち上げ続ける.その後ろ,観測窓から通して見た夜空 にさらに銀の雨のような流星が降る.科学観測というよりはまさに大自然と格 闘しているような不思議なひとときだった.その後,流星嵐は急速に収まって 行き,観測を終えた5時頃には,既に前日並みの出現規模にまで落ちたようだっ た.着陸まで機内で計数観測を集計してグラフを描いたところ,最大瞬間風速 で数千の出現数があり,しかも極大前後に複数の小ピークからなる構造がある ように見受けられた.これは後にIMOの報告とも一致する微細構造であること が判明し,たった一台ながらハイビジョンの航空機観測の威力を改めて見せつ けられた.

    着陸後直ちに記者会見が開かれ,興奮さめやらぬ科学者達の喜びと驚きの報告 が続いた.特にハイビジョンで映したこの世のものとは思えない光景に,本計 画の責任者の一人であるイェニスキンズ氏は,「まるで隕石が大量に降り注い でいた,原始地球が誕生した頃の風景を目の当たりにしているようだ」と語っ た.矢野は「今後人類は "流星雨" という言葉を聞くと,1833年しし群の版画 ではなく,このハイビジョンの風景を思い浮かべるようになる.この映像は人 類全体の知的財産になった」と思った.その後,NHKの報道番組「クローズアッ プ現代」の衛星生中継に生出演した.放送時間の制限で,最初に言おうと思っ ていた「アッシャー達の予測がこれで有力になった.それを確かめるためにも 日本の皆さんには,第2のピークが予測される19日未明にぜひ観測してほしい」 というメッセージを電波に乗せられなった.帰国後,日本では前日が全国的に 天候不振であきらめた人が多く,19日未明の観測例は少ないと聞いて,大変悔 しい思いをした.


    Japanese team(NHK crew and Jpanese scientists)
    after Leonid Meteor Storm, Lajes airport at Azores Island.


    Group photo ARIA team of Leonid MAC. Courtesy: David Nugent.

  7. 【11月19日:観測三日目(アゾレス島 → 米国フロリダ州パトリック基地)】

    3晩連続の観測はさすがに辛い.TVの集録が終わり,基地内の宿舎に入ると一 瞬で眠りにつき,気づくと既に夕食の時刻であった.観測はあと一晩残ってい たのでアルコールは控えがちだったが,カントリークラブでの夕食会は,既に 祝勝ムードだった.世界時で日が変って19日5時頃に離陸.前2晩と違い,すで に "しし座" は高く昇っていたため,離陸後30分後には観測を開始した.太平 洋や日本上空で見られた第2のピークもすでに去っていたが,観測直後は流星 嵐余韻か,そこそこの出現数があった.ARIAでは,「NHK番組用の映像はもう いらない」という事で,科学目的のf135mmとf58mmレンズの観測のみを行なっ た.昨日の流星嵐の前後でも f135mm,F2.0レンズで暗い流星の観測をしっかり 行なっている.FISTAでは分光を中心に観測を行い,ARIAとの "同時流星 分光 観測" にも成功した.すでに前日の観測で燃え尽きたのか,阿部を含み観測途 中で疲れ果てて倒れてしまう研究者も少なからずいた.第3のピークのような ものも現れず,3日間を通じて,アッシャー達の新しい "しし群予測モデル" の有効性をさらに確信する結果となった.

  8. 【11月20日:帰還(フロリダ → エドワーズ基地)】

    19日晩,フロリダ,ココビーチのヒルトンホテルでは,7ヶ国から参加した20 数名の科学者,約10名のアマチュア,軍関係者,報道関係者全員が参加し盛大 な祝賀パーティーが開かれた.ピーター・イェニスキンズ氏からは,ミッショ ンの成功と貢献を讃えた感謝状が全員に手渡された.ARIAのクルー達は,阿部 を囲み,「meteor, meteor, meteor!(メテオー,メテオー,メテオー!)」と 言って乾杯をしてくれた.ARIAでは,阿部=meteor!(メテオー!)のコールサ インがすっかり定着してしまった.果してこのミッションで何度この言葉を発 しただろう.そして,綿密な飛行計画を立て平行飛行を達成したからこそ,矢 野-阿部の同時ステレオ観測の成功にも繋がったのである.米空軍の方々の多 大なる協力には敬服する思いだ.翌日我々は,ケネディ-宇宙センターを訪問 し,米国の宇宙開発の歴史に感銘を受けていた.打ち上げを待つスペースシャ トル(の燃料タンク)を見ながら,「次は宇宙空間からこの流星ショーを見て みたい」と無心に思った.


    Kennedy Space Center, Florida.
  9. 【11月22日:帰国(ロス → 東京)】

    パトリック基地からのエドワーズ基地への帰還も滞りなく,思い出の詰まった 二機の航空機を後にした我々は,11月22日にロス・アンジェルス空港をあとに 帰路へついた.帰国後,日本流星研究会,大学天文サークルを中心とする,延 べ人数80名近くのアマチュア観測者の協力を得て,ハイビジョンの「流星計数 観測会」を行い,FISTA,ARIAの両観測航空機で3日間観測された,ほぼ全ての データを見直し,流星カウントと光度見積り等を行なう事ができた.そこで得 られた豊富なデータも含め,我々がこのミッションで得た科学的データは宝の 山である.今後の解析は楽しみでもあり,気が引き締まる思いでもある.

  10. 【最後に】

    Image courtesy of IMO and NMS.

    今回,この「Leonid MAC」ミッションに参加でき,地中海上空で流星嵐に出会 う事ができた我々は,大変好運でもあり幸せであった.幼い頃から宇宙に憧れ てきた我々が,夜空の贈物,新千年紀の到来を祝福するシャンペンの滴のよう な流星嵐の出現に特等席で立ち会えた事に純粋に感動している.そして,積極 的に科学に目を向け,新しい時代を担う芽を育てるという意味でも,多くの方 にこのような自然現象をもっと身近に感じて頂きたいと切に願う.今回得た流 星嵐のデータに関しても,もはや我々研究者の単なるデータというより,「人 類共通の知的財産」として活用できたらと考えている.

    新世紀が始まる2001年11月18-19日は,日本で「しし座流星雨」が出現する予 報がなされている.今回のミッションで唯一の心残りは,一晩で何千個の流れ 星をみながら,願い事を言うのを全く忘れていた事である.2001年こそは,日 本上空で流星雨に願い事をかけたい!

-------------【永続痕・広域分光観測ネットワーク】---------------------


Image courtesy of M. Toda.

いつどこに出現するか予測できない永続痕を,限られた空しか見ることのでき ない航空機の窓から観測することは難しい.そこで,通信総合研究所の海老塚 昇氏,国立天文台の渡部潤一氏の協力でグリズム(透過型回折格子)と呼ばれ る分光器が多数製作され,永続痕の分光観測ネットワーク観測が実現した.よ り多くの場所でより多くの分光データを得る為に,日本国内12箇所(北海道, 宮城,茨城,長野×2,愛知,滋賀,奈良,京都×2,宮崎×2),海外4箇所 (エジプト,トルコ,アメリカ・アリゾナ,ハワイ)の地上観測隊へグリズム 配布され,永続痕のみを狙った強力な分光観測ネットワークが初めて施行され たのである.

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スカイウォッチャー, 2000年2月号(pp8-13)
Sky Watcher, 18, No.2, pp8-13, 2000.

著者:
Authors:

国立天文台/総合研究大学院大学・博士課程
阿部新助(あべ・しんすけ)
Shinsuke Abe, The Graduate University for Advanced Studies, National Astronomical Observatory, Tokyo 181-8588, Japan

文部省宇宙科学研究所惑星研究系・助手
矢野 創(やの・はじめ)
Hajime Yano(Planetary Science Division, Institute of Space and Astronautical Science, Kanagawa 229-8510, Japan